Tsubasa Nakai
時間単価3000円の安売り沼にはまってしまったバタバタ美容師が、
時間単価20000円のショートワーカー美容師になったストーリー

こんにちは、仲井翼です。
僕は愛知県豊橋市にあるルゼラヘア&エステのヘアサロン部門の運営をしながら、美容師さん&エステティシャンさん向けの教育サービス「ビギナン」で隔週講師をしています。専門分野である「美容師さんの時間単価アップ」のコンサル・セミナーは随時開催しています。
セミナーに500回以上登壇している「人目に触れること・伝えること」が大好きなエンターテイナーです。
僕の夢は「たくさんのお客様の前で、自分の言葉で、自分の理論で、役に立つセミナーをすること!」
美容師としてはアシスタントなしの時間単価20000円。
毎月70〜80時間ほどサロンに滞在し、120万円〜160万円ほどの売上を上げています。
週休3日くらいで、残りの4日は1日平均4時間ほどサロンにいるようなショートワーカー美容師です。
私生活では3人の子供に恵まれてます。
本で読んだ「子供が遊んでくれるのはいまのうち、すぐに遊んでくれなくなる」という言葉が胸に突き刺さってから、毎月少々の遠出をするように心がけていて、学校行事や幼稚園行事にはほぼ全て参加し、習い事の送り迎えなどもなるべくいくようにしています。
高時間単価で生み出した時間を、僕は「家族」と「後進の教育」に使っています。
今では不自由のない家も手に入り、幸せに生活しています。

そんな僕も、20代の頃は"安売り"に頼る集客をしてしまい「忙しいのに安月給」という負のループにはまってしまっていたダメ美容師でした。
客数をこなす分、技術を磨くには最高の期間だったので、今となっては「僕の人生にとって必要な期間だったな」と思えていますが、あれが今も続いていたら・・・と思うと本当にゾッとします。
ここからは、そんなダメ美容師の僕が何を経験して今の高単価美容師に行き着いたのか。そんなお話をしたいと思います。
興味がある方はぜひ最後まで読んでくださいね。
僕の美容師ライフのスタートはカナダでした。
地元から出ず、愛知県豊橋市の美容学校を卒業した僕は、その4月からカナダのバンクーバーに渡りました。
英語が喋れたらかっこいいでしょ。と思い立ち、就職せずにワーキングホリデーのビザ取得を目指し、2007年の4月無事にバンクーバーの地に降り立ちました。
この1年間の海外生活の中で「4ヶ月のホームステイ」「6ヶ月の一人暮らし」「8ヶ月のヘアサロン勤務」という3つの「初めて」を経験していくことになるのですが、この時の僕はそんな未来が待っているとは思えないほど大きな問題を抱えていました。

実は僕は・・・「英語が全く分かりませんでした。」
英語がわからないことが原因で本当に死ぬかと思った出来事があったことをきっかけに僕のスイッチがバチンと入り、2か月半で英語学校の上級者コースを卒業することができました。
英語学校の卒業が見え始めた頃から「その後何をしようか」を考え始め、日系のヘアサロンへの就職を目指すことにしました。「日本人が担当する」ということを売りにしているヘアサロンです。オーナーもスタイリストも全員日本人でした。
まずレジュメを作ります。日本でいうところの履歴書です。
ただ、日本の履歴書のようにフォーマットはなく、自由に書くいわば自己アピール書のようなものです。
「私はこんな人間だから御社で活躍できる!!」というアピールをしまくるペライチ。日本人が苦手と言われているやつですね。
海外で働こうなんていう美容師は大体スタイリストとしての経験があり、僕みたいに美容師経験0年で海外のヘアサロンに入ろうなんていう美容師は稀です。一体何をどう書いたらいいのか皆目見当もつかず。とにかく学生時代の偉業の数々(ということにした)を書き連ね、面接に行き、なんとか雇ってもらえることとなりました。
案の定、僕が働いた店舗にはスタイリストが8人、アシスタントが僕1人。系列4店舗全て見渡しても20人以上の日本人美容師の中でアシスタントは僕1人。
もちろん一番暇なので、誰よりも受付に座ってレセプション業務をすることになり、誰よりも電話を取ることになり、英語力もメキメキ伸びました。
最終的には、新人スタイリストの通訳のようなことをしたり、聞き取りにくい英語のお電話を代わるようになったりと、なんだかコミュ力も英語力もメキメキと成長したことを覚えています。
毎週入金にいく銀行にも、同じ曜日の同じ時間にいくので、窓口の方も同じような顔ぶれ。あちらでは銀行の窓口でも「How are you」から始まるちょっとした世間話をするのです。コミュニケーション力が飛躍的にアップする環境でした。
実は僕、元々極度の人見知りだったんです。
特に女性とはしゃべれませんでした。
そんな僕が「言語が英語である」ということによって殻を壊すきっかけとなり、人と関わることにチャレンジできるようになりました。英語圏で働くことが「接客」や「コミュニケーション」を深く学び、実践するとても貴重な経験となったのです。

さて、ここからが本題です。
バンクーバーにもチップ文化があり、美容室というのはチップをもらいやすい環境です。
シャンプーをしてくれたスタッフにはチップを手渡すという風習もあり、これが爆発的な利益を生み出すこととなります。
8人のスタイリストに対し、アシスタントは僕1人。特に混み合う日にはシャンプーをガンガン頼まれます。
シャンプー1回でもらえるチップは一般的に2〜10ドル。ちなみに僕の1回のシャンプーでのチップ最高額は200ドル(当時の価格で22000円ほど)。5分くらいのシャンプーで200ドルをいただいたのです。
1人のスタイリストが平均5人ずつシャンプーをふってくれたとして40人。
多く感じるかもしれませんが、40人に6分ずつ使ったとしても240分ですから4時間ほどにしかなりません。
単純計算だと
5ドル×40人 200ドル
200ドル×20日 4000ドル
当時の月給は1100ドルだったのであわせて5100ドル。当時の日本円価格で56万円ほど。(チップは非課税です)
ちゃんと数えていたわけではないので、ちゃんとした金額は定かではありませんが、働き始めてからは生活に不自由することはなかったです。
今思えば、そこには収入よりも大事なことがありました。それが・・・
「シャンプーがうまくなれば収入が上がる。」という仕組み。
もっと上手に。もっと気持ちよく!もっと丁寧に!!もっと感動的に!!!シャンプーに命をかけたサロンライフ。
収入という結果に直結するからこそ「上手くなりたい!」と本気で思い、練習もしたし、シャンプーさせてもらうチャンスをもらえるのが本当に嬉しかったし、絶対昨日よりも感動的なシャンプーするんだって思ってました。
そんな仕組みがチップ制度のおかげで自然と出来上がっていたのです。
シャンプーを受けたお客様がその場で値決めしてチップをくれるとなったら自然とそうなりますよね。
その結果、スキルを上げまくって1回のシャンプーで200ドル(22000円程度)をもらうこととなるのです。
僕が知る限り、シャンプーの練習に命かけてるような美容師さんは非常に稀で、大体の方は「早くカラー塗れるようになりたい。早くカットできるようになりたい」って思っていたはず。
僕は何も変わったことをしていないし、めちゃくちゃ頑張ったわけでもない。
ただ、本能と私利私欲に従って生きていたらすごくシャンプーが上手くなっただけ。
環境と仕組みに恵まれただけです。
この時はまだ自分の成長も実感していないし、この仕組み良さも理解してないし、頑張ったつもりもなかったんです。実感したのは日本に帰った後でした。
今、指導する立場になるとこの経験がとても役に立ちます。
「練習しなければならない環境」ではなく「練習したくなる環境」を作るだけでいいのです。
マンツーマンで熱烈指導することは時には必要かもしれませんが、自分の好きな時・やる気のある時にできることを教えてあげる方が良いのです。
ちなみにシャンプーだけではありません。
美容師だというだけで「カットをしてほしい」という依頼がたくさんきます。
美容学校卒業したての21歳なのにも関わらずです。
皆様も聞いたことがあると思いますが、海外にいる日本人は美容室に困ります。
日本人に切ってもらうことができれば、それが一番いいのです。
それは技術の問題もありますし、言葉の問題もあります。
また、日本人の真面目で器用で丁寧な国民性はとても知られていて、海外の方も日本人美容師には一目置いています。
「とにかく日本人に切って欲しい」という人がたくさんいたのです。
僕は30ドルいただいてカットをさせていただいていました。(お店ではなく、主に相手か僕のお家で。)
シャンプーはなしです。
どこで頼まれるかわかりませんから、常にハサミ2丁とカットクロスを持ち歩いていました。
ホームパーティに誘われたとなれば次から次へとカットを頼まれ、僕だけ3時間ぶっ続けでカットしまくっているなんてこともありました。
もちろんカットもものすごく上手くなりますよ。
楽しかったし、収入にも満足していて「美容師って最高!!」って心から思っていました。

日本に帰って待っていたのは信じられない世界。
僕がカナダで経験した
「収入」も。
「成長の仕組み」も。
日本に帰国した瞬間それはみんなが夢見る幻想であり、現実はかけ離れたものでした。
帰国した僕は上京。
青山のサロンに入り、表参道のサロンに移り、美容業界のトップエリアで9年ほどの経験を積みます。
僕はこの9年を「修行時代」と呼んでいます。
美容師修行時代のスタートと同時に、お客様からシャンプーを褒められまくる毎日が始まりました。
諸先輩方をなぎたおし
「あなたのシャンプーは別格ね」
「手が大きいの?やわらかいの?」
「まるで一つの音楽のよう」
などと言われるようになります。
僕は知らないうちにかなりのシャンプースキルを身につけていたのでした。
本気で没頭できたことが、かなりの成長につながっていたのだと実感した経験でした。
このとき初めて「カナダの経験がとてもためになっており、環境・仕組みのおかげで成長できたんだ」と気づいたのです。
その後、手取り15万円程度(社会保険とかないです)の安月給ながらも、親からの援助も受けながらなんとか日々生きていけるような状態を続けていました。

さて、美容師といえばモデハンが付きもの。
当時は原宿の大きな交差点にいけば、数えきれないほどの美容師さんがモデハンをしていました。(僕はその交差点のすぐ近くのお店で働いていたのでよく見ました)
スタイリストになるために、「ウィッグで練習」→「実際の人で実践練習」と「実際の人でテスト」をクリアする必要があり、それは今も昔も変わらないですよね?
最近の新人美容師さんは知らないそうですが、街中で知らない人に声をかけて練習台やテストのモデルをお願いしていた時代があるんですよ。(これがモデハン)
当時はそれが当たり前。
そんな中、SNS集客に足を突っ込んだのが僕です。
僕はお金がありませんでした。
そして、カナダでの経験(練習したくなる仕組みが大事)がありました。
人形は1体数千円もかかります。カットの練習はそのウィッグをどんどん切って使えなくなります。
お金払って練習しているということです。
その点、無料でもいいので誰かにお店に来てカットさせていただければその出費は抑えれるんです。
そして、人間はさぼります。なので、やるしかない環境を作っちゃったほうがいい。
人形での練習はやり始めてもいつでもやめれるし、やらなくていいやと最初からサボることもできる。
でも、人をお店に呼んでしまえば嫌でも最後までやるしかない。
とはいえ、世の美容師さんたちもそんなことはわかっていて「それだけの人にお店に来てもらうことが不可能だから人形使って練習すんだよ。」っていうことなんです。
普通なら「ですよね。」と人形で練習するのでしょうけど。
「だったらそれだけの人に来てもらえるようになればいい。」なんて思っちゃうタイプでして。
思いついたアイデアは単純で。
声をかけるんじゃなくて、必要な方から声をかけてもらう。そういうの書ける掲示板的なやつがネットにあれば楽だな。ないかな??
で見つけたのがmixiコミュニティ・mixi掲示板です。
当時「mixi」というSNSが流行っていて。そのサービスとして共通の話題で話そうっていう「mixiコミュニティ(mixi掲示板)」というのがあったんです。
懐かしいー!という方も多いはず。笑
いまもありますよ。
そのmixi掲示板で「カットモデル募集!カラーモデル募集!」みたいに載せ始めたのがキッカケで「SNS集客」の波にのっていったのです。
これが爆発的な効果を発揮します!
僕がいたサロンでは、1週間空き時間にモデハンして1〜2人お店に来てくれたらいいな。っていうのが当たり前の状況の中。
このmixiは、朝記事を投稿して、お昼ご飯の頃には5〜10人から連絡が来ているというような状況でした。
1日営業の片手間にスマホぽちぽちしているだけで、2週間先まで予約が埋まってしまうという感じ。
1日1人からスタートしたので、2週間先といっても10人程度です。
20時にサロンの営業が終わってから、お客様の終電が間に合う23:30まで。
この3時間半が僕の勝負の時間にかわっていきました。
カットだったら3人。無料で。
カットパーマやカットカラーだったら2人。カラーやパーマの方は材料費として1000円だけいただいて。
そんな風に毎日の営業後の時間を「SNS集客」で集めた「練習モデルさん」で埋めまくる日々の始まりです。
始めてものの数日で、僕はある性格的な問題点に気付きました。
僕はせっかちで。そして朝型だったのです。
夜は早く帰って寝たいし、じーっと待つのが苦手なんです。
営業時間後の「終われば帰れる」という状況だと、カラーの放置時間が待てない!!
20分置かなきゃいけないところを、15分とかで洗っちゃう。
でも、カラーの放置時間大事じゃないですか。ちゃんとおかないと仕上がり甘くなるじゃないですか。
なので、強制的に待たざるを得ない状況を作ることにしました。
ここでも「やらざるを得ない環境を作る」作戦です。
お客様2人の予約時間を調整して、
1人目カット→1人目カラー塗布→2人目カラー塗布→1人目お流し&仕上げ→2人目お流し&カット&仕上げ
こんなスケジュールで施術をすることで、どれだけスピーディにやってもカラーの放置時間を十分に取れるという状態を作り出しました。
結果的に早く終わって帰れますしね!
そしたらですよ。
なんとカラー塗布がめっちゃ早くできるようになってしまって。
ベストなカラーの放置時間(だいたい20分)より早くカラー塗布が終わるようになってしまったんですよ。
こうなると、せっかちな僕は1人目のお客様のカラーの放置時間が甘くなってしまう。
おそるべしせっかち精神ですよね。(たぶんなにかしらの発達障害??)
なので、こうなったんです。
1人目カット&カラー塗布→2人目カット&カラー塗布→1人目お流し&仕上げ→2人目お流し&仕上げ
そしたら今度はカットもめっちゃ早くなってしまって。
カットとカラー塗布で20分くらいで出来るようになってしまいました。
2名のカットカラーをしているのに、2時間かからず終わるようになっていて。
1時間半あまってるわけですから「もう1人できるじゃん??」ということで、
営業後に、3人のカットカラーをやるようになるんですね。
そのままだと3人目のお客様のカラー放置時間が甘くなるので、3人目の方のカラー放置時間にはカットの方をいれたりして。
結局営業後に4名様やり出すんです。
このあたりからパーマは放置中も手がかかるから掛け持ちが難しいということで、断るようになってきます。(今でもほとんどパーマのお客様はやりません)

20時に営業が終わり、毎日のように4名のお客様を鬼のスピードで仕上げるアシスタントが誕生したわけです。
ここまでで1ヶ月ほどのお話。
ここで2つの出来事が起きます。
①リピートの発生
②トリートメントの追加
1回髪の毛をやらせていただいた方から、またやってほしいと言われたということです。美容師としては当たり前のことなんですが、練習モデルでその感覚があまりなかったのでちょっと新鮮でした。
トリートメントもしたい。という希望が出てきたのですが、僕トリートメントは営業中にもやらせていただいていたので、練習ではなくなってしまうんですね。
社長と相談した結果、通常価格の半額(2500円)でやってよし。と許可をいただき。カラーも練習は十分だからということで3000円でやることになりました。
カットカラートリートメントをすると5500円払うという、練習モデルとしてはまぁまぁな金額に膨れ上がったわけです。
そうなると今度はトリートメントを勧めるのが楽しくなってしまって。
営業後に毎日のように4名の新規のお客様を鬼のスピードで仕上げ、少々の売上を出すアシスタントが誕生したわけです。
そこにリピートのお客様から連絡が来るわけです。
予約表(当時は紙です)をペラペラめくりながら、空いてる日がないなーーーーと悩んでいる僕に、社長が声をかけるわけです。
「なにを悩んでいるんだ?」
予約表をペラペラめくるアシスタントは珍しいですから。
まるで超絶人気のスタイリストかのような眼差しで予約表を見ているのがおかしかったのでしょう。
実はかくかくしかじかで・・・と説明をしたところ。
「じゃあまぁ19時からやるようにするか」と言ってもらい、僕の夜の営業が4時間半になったのです。
この後のことはご想像通り。
どんどん客数を増やし、どんどんスピーディな施術に慣れていきました。
最終的には17時から出来るようになり、最高1日で8人の方を担当させていただきました。
ちなみにこのお店、めちゃくちゃカットが上手いお店です。
社長はPEEK A BOOという有名美容室で総店長を務めた実力者。
お客様もPEEK A BOO時代からのお客様もいて、さすがに目が肥えています。
毎週社長が教えるカットの練習会があって、それは1年目だろうが全員カットの練習をします。それを続けていたのもあって、スピードは抜群に上がっていますが、クオリティは落とさずに施術をできていました。そこにはお店の看板や僕のプライドもありますし、クオリティを落とそうもんならめちゃくちゃ怒られそうですからね。
のちに、東京のトップスタイリストが集まる合同練習会で「スピードカット」という練習をしたときに、新人スタイリストでありながら名だたる店の社長やトップスタイリストをおさえトップを獲得するという偉業を達成します。(スピードカットとは、お題の髪型を提示され、2分で展開図をかき、5分でカットして、仕上がりを採点するという練習)
ここからが当時では革命的なお話。
実は僕。
技術チェックはシャンプーとカラーしか受けていません。
先輩方はカリキュラムに沿って一つずつ練習し、テストを受け、合格し、合格したら営業中にお客様に施術するようになり、練習は次に進む。という流れだったのですが、僕はシャンプーとカラーのテストしか合格していない状態でスタイリストデビュー(営業中に全メニューの施術を許される)をしたのです。
僕の前にスタイリストデビューした先輩は、1週間に2〜3人のお客様を担当し、空いた時間は技術本を読んでいる。そんな人でした。
技術テストに全て合格し、明日からスタイリスト!!やったー!!と喜んだけど、予約が全然はいらない。
結局スタイリストになって1年もしないうちに辞めてしまいました。
僕がいたお店は集客を一切していなかったので、純粋な新規のお客様は月に1人いるかいないか。基本的に自分でお客様を見つけてこないといけません。
僕は逆でした。
技術テストは合格してない(受けていないので不合格でもない)けど、お客様(練習モデル様)が溢れている。
という状態でした。
怒涛の練習モデルラッシュを続けていたある日、スタッフルームに呼ばれ「来月からスタイリストな」の一言で、僕は2014年の誕生日に念願のスタイリストデビューをすることが決まったのです。
「決まったカリキュラムをこなす」ではなく「集客力」によってスタイリストデビューしたというのが当時では革新的でした。
表参道の1等地にある実力派サロンの勢いのある若手。という肩書きにも助けられたのもありますが、集客に関して工夫や試行錯誤を重ねていたのが結果につながっていたのだと思います。
ひたすら必死こいて努力し、実力をつけてきて、さぁこれからスタイリストだというこのタイミングからが僕のしくじり伝説の始まりです。
今まで半額以下の価格でやらせていただいていた「練習モデルさん」たちに「今後営業時間内にきてもらい料金も通常価格になります」と伝えるのが怖すぎました。
人よりも多くの練習モデルさんを獲得していたのと、テストなどの特別なタイミングじゃなく日常ルーティンとしてご来店いただいていたがゆえに、低価格で提供することに慣れすぎてしまっていたんです。
その結果、営業時間内も50%オフでやらせていただけないかと社長に相談し、承諾をいただいてしまいました。
営業時間内か営業時間外かなんていうのはお客様には関係なくて、お昼がいい人もいれば夜がいい人もいる。
その中で「夜の時間に来れる人」を探して集めた練習モデル様ですから、当然夜のが都合の良い人ばかり。
営業時間内にきてもらうことは、お客様にとってメリット0どころか、希望の時間からずれてしまうし、価格も上がるし、デメリットだらけでした。
それをわかっていた僕は失客の恐怖に耐えきれず「50%オフを餌になんとか繋ぎ止める。」ということをしてしまったのです。
これが最大の失敗でした。
ここからこの50%オフの壁を突き破れないまま負のループにハマっていきました。
こっちのお客様は50%オフで、あっちのお客様は通常料金。なんていう器用なことは当時の僕は出来なかったので、新規のお客様も50%オフで集客していくことになったのです。
(当時はまだこの大問題に気付いておらず。意気揚々と集客していました。)
「minimo」というアプリを集客に使い始めたのがちょうどこの頃。
「mixi掲示板」の「美容練習モデル募集のカテゴリー」が進化したのが「minimo」というアプリです。
これなら若い美容師さんでもご存知の方が多いはず。
僕はmixi掲示板のヘビーユーザーだったので、minimo立ち上げの時に声をかけていただいて、皆さんよりひと足先にモニターとして利用させていただいたんです。
しばらくの間は完全に無料で利用できましたし、これはめちゃくちゃ運が良かったです。
そのおかげさまで、一番多い月は80人以上の新規客を集客していました。自力集客のみでです。
僕はガンガンと予約を埋めていきました。
50%オフとはいえ、客単価は平均7000円(5000円〜10000円)程度。
最初は達成感や充実感を持って楽しく営業を続けていましたが、少しずつ安売りの諸刃に気付いていくのです。
もうこれ以上お客様を増やせない。限界点に到達してしまいました。
そうなった時にあるカラクリに気付きます。
「100%予約を埋めるために集客努力をしても、結局70%ほどの稼働率に落ち着く」
つまりは、今回は良くても次回の予約が取れなくてご来店いただけなくなる。ということです。
そんな中で、長くご来店いただけていて気心も知れている「僕が担当したいお客様」が失客し、初めてご来店するよくわからないなんだか気も合わない「僕が担当したくないお客様」がご来店している。という状況をヒシヒシと実感するようになりました。
でも、ただ一点。経験はかなり積めました。技術もめちゃくちゃ上手くなりましたし、人見知りもなくなり、メニューや商品を勧めるすべも身につけていました。
「成長」というただ一点だけは、この大失敗の中でも胸を張れる部分です。つまり「修行時代」なのです。
ふと、隣を見ると、友人の紹介や、お客様の紹介で、順調に定価のお客様を獲得していく同僚がいました。
それが一番悔しくもあり、考え直すきっかけになったのだと思います。
総合的に判断し、僕は美容師としてガンガンにお客様をやる人生から、企業内起業へと舵を切ることになります。
美容室には暇な時間があります。
先に紹介した、スタイリストデビューしたのにお客様がいない先輩。
そうでなくても、平日の昼間やることがなくてふらふらしているスタッフなんてのはザラな業界。
そんな時間に「何かしらの仕事」があれば、経済的にもっと豊かになれるのではないか??そう考え、美容室で全く違う新規事業を開拓し、暇なスタッフが取り組めればいいな。と思ったのがきっかけです。これは実現はせず、ただのきっかけになってしまいましたが。
結果としては、変わらず月給をいただきながら、動画制作・セミナー・オンラインサロン・有料メールマガジンなどの事業を展開し、最高月収900万円相当を稼ぎ出します。
最低でも50万円ほどは安定して収入が取れるようになり、
経済的に「美容師をしなくても生活していける」状態となります。
事業を開始すると、だんだんとお店に出勤する時間も減っていきました。
朝お店に出勤をし、掃除をし、午前に1〜2人お客様をやって、帰宅し動画制作やセミナー作りをする。
セミナー当日や動画撮影日などは出勤せず現場に直行直帰。事業が軌道に乗ってくるとそんな日も増えていきました。
企業内起業ですので、セミナーの売上はお店に納めていましたし、動画制作の請求書はお店から発行していたので後ろめたいことは何もないのですが、社長がことあるごとに「他のスタッフに示しがつかないだろう」と意見をしてくるのが鬱陶しく、なんだか居心地も悪くなってしまい退職を申し出ました。
その後の行動は素早く。
2018年の年始は部屋探しをし、2018年の2月末には静岡県浜松市に転居しました。
転居後、2週間ほどの準備期間で自力登記をし、2018年の3月7日にOwndShelf合同会社を立ち上げました。
撮影に行けなくなってしまったので動画制作の仕事はなくなりましたが、セミナー・オンラインサロン・有料メールマガジンを主な事業としたひとり会社です。
月に2回、1泊2日で東京にいき、1日目の夕方まではサロンでお客様を担当し、夜はセミナー。2日目は朝から昼過ぎまでサロンでお客様を担当し、夕方にセミナー、新幹線で帰宅。というスケジュールで動いていましたが、それ以外は週に2回朝メールを配信する仕事をしていました。
そのほかにも、主に小規模サロンや個人サロンをサポートする、ホームページや名刺、チラシの制作や、自身の経験をまとめた集客メソッドを教える事業を展開していましたが、こちらは細々とした状態。
毎日のように2歳の娘と公園に行く日々もつまらなくなり、主力事業であった有料メールマガジンとオンラインサロンの事業縮小もあいまって、美容師復帰を決めます。
2018年10月から業務委託美容師として働くこととなったのです。
静岡での美容師経験は僕にとってとても大切なものとなりました。
僕はカナダ・東京のサロンしか知りません。
つまりは、都会のサロンです。
お客様はご近所さんではありません。
“やりすぎ”というものもありません。
そんなことは今まで気にもしてなかったのですが、地方のサロンで働くという経験をしたことでそのギャップに初めて気付くことになりました。
ギッチギチのボブを切って、めちゃくちゃ綺麗にしあげて、僕も満足な仕上がりで1点の曇りもなくお見送りしたところ、翌日クレームになったのです。
正直意味がわかりませんでした。
結局、カットラインが崩れるほどぼかして喜んでいただくことが出来ました。
「目立つほど綺麗なカットは好まれない」ということに気付きました。
「モードすぎるヘアスタイルは普段着に似合わない」ということに気付きました。
ここで、少し数字をご紹介しようと思います。
10月は10日ほどしか働いてないので省きます。
2018年11月の客単価は6581円でした。週休2日。
4ヶ月後。
2019年3月の客単価は9754円でした。週休3日。
系列12名のスタイリストのうち、トップとなります。(スタイリストごとに働き方が違うので客単価での順位)
2019年4月の客単価は10318円でした。週休3日。
こちらもトップの成績。
実は、
カット料金3240円
リタッチ料金4320円
のサロンでした。
まだ消費税が8%の時代ですね!
はっきりいって、この価格帯のサロンで、入社4〜5ヶ月で平均単価10000円越えを達成するというのは、かなりやる気がないとむずいです!でも本気でやればできる。
そして、むずいことを達成したら自信になる。全ての人にぜひ成功体験は経験して欲しいと思ってます。
こちらの店舗は2019年の5月いっぱいで辞め、
2019年6月、現在も代表美容師を務めるルゼラヘア&エステをオープンします。
2019年6月
オープン初月の売上は510000円ほど。
客単価12500円ほど。
この時は予約は全部解放して、予約が入らなかった日を休みにしていました。
カットカラートリートメントで9800円
2019年8月
売上は870000円ほど。
客単価は11600円ほど。
2019年12月
初めて売上が100万円を超えます。
117万円ほど。
客単価は13600円。
年商554万円(月平均79万円)
2020年は2、5、6、7、8、12月が100万円を超え、
2月120万円
5月124万円
6月112万円
7月106万円
8月126万円
12月137万円
その他の月も4月以外は90万円台をキープ。
4月だけは64万円でした。
2020年の4月。そう、新型コロナで初めての緊急事態宣言が出た月です。
年間1245万円を売り上げました。(月平均103万円)
2021年もほぼ変わらない業績でほぼ指名予約のみの受付に移行。
12月は154万円を記録しました。
年間1299万円を売り上げています。(月平均108万円)
2022年は完全に指名予約のみの受付にシフト。
徐々に出勤を減らしていき、休みも完全週休2日を意識しています。
年間1304万円の売上をつくっています。(月平均109万円)
2023年は既存のお客様とご紹介の方のみの受付にシフト。週休3〜4日、出勤日もフルに出勤することはほとんどなく、月に100時間程度の勤務で月平均120万円を突破しました。
2024年からはさらに拍車がかかり、月に70〜80時間で160万円前後を売り上げています。
客単価は平均22000円(16000円〜22000円)です。
いろんな数字を書きましたが、僕が一番重視するのは「時間単価」です。
現在時間単価20000円で美容師をしています。
見ていただくとわかると思いますが、あの頃に比べると、自由な時間ははるかに増え、客単価も上がり、売上も上がっています。客単価に関しては倍以上。
時間単価3000円だった東京大失敗時代から、時間単価が約7倍の20000円になった今、確実に幸せ度は爆上がりしました。
これをご覧いただいている方の中で「時間単価をあげていきたい!!」という方がいたら、どんどん僕のメディアをみてください。
様々な経験と、失敗と、結果を出してきたことは、どんどん伝えていこうと思っています。


